妲己

Hokusai_Daji

出生 殷
生誕 紀元前11世紀ごろ
身分 殷の第30代帝辛(以下紂王)の妃

狂い始めた名君

帝紂は資弁捷疾にして、見聞に聡く、その力量は人々を凌駕し、猛獣すらも手で撃ち殺す程であった。
その知たるや諫めを遠ざけるに足り、その言たるや非を飾りて是なるが如くに論ずるに足りた。
人臣に対しては己が才能に驕り、天下に対してはその盛名に驕り、誰一人として己に及ぶ者はいないと自負していた。

 紀元前90年に完成された重要な歴史書『史記』を編纂した司馬遷は、紂王を上記のように評しています。
 自分の力に驕るきらいはあったものの、その聡明さと力強さは30代続く殷の帝にふさわしい能力の持ち主であったといえます。そんな名君と呼ぶに足る人物が暴君へと変貌したきっかけが、殷によって滅ぼされた有蘇氏から献上されたこの妲己でした。

酒池肉林

 十代後半であるにも関わらず物怖じせず、媚びもせず、それでいて妖しい魅力をもっていた妲己に紂王はたちまち虜になりました。彼女の気を引くために紂王は金銀財宝を与えるのはもちろんのこと、庭に砂の離宮を建てると、そこに作った池を酒で満たし木々には肉を吊るして淫靡な音楽を流し続けます。そして多くの男女が裸で思うがままに戯れると、それを見て自分たちも紂王と妲己は愛欲に溺れたのでした。
 愚かな人間が派手な振る舞いをする故事成語としてたびたび用いられる『酒池肉林』。その語源となったのがこの二人の行いというわけです。

処刑という名の遊戯

 二人は奴隷に剣を持たせて殺し合いをさせるという遊びにも夢中になりました。しかしほどなくしてそれに飽きると今度はより真剣味の増す兵士同士を殺し合いへとエスカレートしていきます。酒池肉林に趣味の悪い享楽、当然ながら民の不満は募ります。しかし紂王はその民を捕らえ、処刑していきます。その処刑方法で有名なのが蟇盆と炮烙。
 蟇盆は穴の中に毒蛇やサソリを入れその中に突き落とすというもの。炮烙は橋のように横たわっている銅の柱に油を塗り、その下にある薪を焚く。そこを罪人に渡らせるというもの。渡りきったら無罪放免ではあるものの、熱された柱と油で滑るせいで渡れるはずもなく、柱に抱きつき焼け焦げる、そして力尽き火の海へと落下するという具合でした。それを見て紂王と妲己は抱き合って笑い転げたそうです。
 見かねた賢臣が諌言すれば処刑して心の臓をえぐり、どうにかして二人の仲を引き裂こうと画策したものは処刑され酒池肉林の一部となったといいます。

最期

 こんなことを続けていれば家臣の心も民の心も離れてしまうのは必然。
 紂王の臣下として周を治めていた姫発は近隣諸侯と結託し殷に反旗を翻すと、牧野にて決戦を挑みました。殷軍70万対周軍40万という圧倒的不利ではあるものの、既に殷軍は紂王に忠誠を尽くす気などなく無残に敗北し、600年続いた殷王朝は終焉を迎えました。
 そして妲己は紂王とともに、火を放った宮殿で最期をともにしたといいます。

 悪女といえば必ずと言っていいほど名前が挙がる妲己ですが、それは女の魅力ひとつで連綿と続く大国を滅ぼしたところに魅力を感じてしまうからでしょう。妃としての権力を特段利用するわけでもなく、紂王とともに狂気にだけ身を投じた様は典型的なステレオタイプの悪女といえます。その魅力は古くは玉藻前伝説や九尾の狐の話、時を経ても封神演義等の作品を通じて今でも語られ続けています。


参考文献
岳真也/『悪女たちの残酷史』/講談社
桐生操/『世界悪女大全』/文藝春秋
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